20240915 阪堺電車「モ161形車&雲形塗装車撮影会ツアー」(8)
すでに10月というのに、いまだ天気予報では真夏日予報が続いており。夏と冬だけになって春と秋が消滅する...と言われていたのが、とうとう現実のものになってきたのだろうか。
日本の“四季”が“二季”になるというのである。自分には「ニキ」と言えば「にきニキニキニキの菓子」なのだが...三平師匠が出ていたTV-CMである。社名の「にき」は社長さんの名字、二木(ふたつぎ)に由来するのだとか。
10月初旬というのは意外と仕事がバタバタすることが多いタイミングのようで。いまもブログを書いている...ということ自体、ずばり“現実逃避”に他ならないのだが。
「何とか、何とか...今週を乗り切ったら...」と、ほぼ毎週、そんなことを思いながら、いまの仕事に就いて18年が過ぎようとしている。
ということで、意外と少ない10月初旬の写真の中から、2018年10月のある朝。<変態鉄>にしては珍しく貨物列車を撮りにでかけたのだが...

【2018年10月2日11時12分】 総武本線・小岩駅
思い描いていた撮影地は工事中で立ち入り禁止。
仕方なく、小岩駅のホーム端で総武線を撮っていた。千葉方面へと走り抜ける貨物列車が来るはずだとカメラを構えていると、やって来たのはEF65電気機関車の単機。
「何だ、更新色かぁ...」と、思いながらテキトーにシャッターを押しただけだったのだが...
あれから5年、先日、内房線に乗っていたら。蘇我駅も千葉機関区にも留置されているのは全部“桃太郎”。いつの間にか貨物機関車も国鉄型の淘汰が進んでおり。
そう思うと、日々の日常風景を記録しておくことの重要性のようなことを実感するのだが、そこは如何せん、会社員<鉄>の辛いところでもあって...
何度も撮りに通って...が難しいと思うと有料の撮影会というのは非常にありがたい存在なのである。
ということで、引き続き、9月15日の阪堺電車撮影会。撮影時間はだんだん終わりに近づいてきていたが、<変態鉄>は時間が過ぎるのも忘れて夢中で撮り続けていたのである。
…… ……
2024年9月15日(日)雨のち晴れ
阪堺電車を初めて訪れたのは1991年夏のこと。まだ、<変態鉄>は中学生だった。
この当時、まだまだ阪堺線が“本線”で。上町線こそ天王寺駅前から住吉公園ゆき(当時は日中でも当たり前に走っていた)と我孫子道ゆきが交互に発車しており、一方、まだ旧駅が賑わっていた恵美須町からは数分間隔で浜寺駅前ゆきが発着していた。
いまの「えびす町」ゆきが、1時間に2本などというのは想像することもできなかったのである。
その頃は、まだモ121形車なども現役で日中も運用に入っており。モ161形車もハデハデな広告塗装を纏って走っていた。
モ161形車の「えびす町」ゆきが続いてやってくるのが当たり前だったのである。

【2024年9月15日13時09分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
ということで、モ162号車「雲電車・青」とモ166号車「ビークルスター」の「えびす町」ゆき並び。

【2024年9月15日13時12分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
再び、モ504号車側に立ち位置を変えて、雲電車2両と「ビークルスター」の並び。
と、このタイミングで再び“幕回し”が行われ。

【2024年9月15日13時13分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
モ162号車は再びの「天王寺駅前」ゆき。
早く営業運転中のこの姿を見たいと期待している<変態鉄>なのである。

【2024年9月15日13時14分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
合わせて、車輌の配置も変更され。今度は東側のモ166号車が前進してきて。
そして...

【2024年9月15日13時15分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
モ504号車は後ろに下がって。
ということで、位置を変えて、再びの「雲電車」並び。今度は2両ともスッキリと。

【2024年9月15日13時16分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
東側のモ166号車を先頭に西側にいるモ164号車まで4両の電車が斜めに、ちょうど階段状に並んだのだった。
方向幕も茶色いモ164号車から順に「浜寺駅前」「あびこ道」「天王寺駅前」「えびす町」と“四者四様”、日中、通常運用で見られる行き先4種が勢揃いしたのだった。

【2024年9月15日13時18分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
モ166号車が前進してくれたおかげで、3つの時代のモ161形車のカラーが並んだのだった。(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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日本の“四季”が“二季”になるというのである。自分には「ニキ」と言えば「にきニキニキニキの菓子」なのだが...三平師匠が出ていたTV-CMである。社名の「にき」は社長さんの名字、二木(ふたつぎ)に由来するのだとか。
10月初旬というのは意外と仕事がバタバタすることが多いタイミングのようで。いまもブログを書いている...ということ自体、ずばり“現実逃避”に他ならないのだが。
「何とか、何とか...今週を乗り切ったら...」と、ほぼ毎週、そんなことを思いながら、いまの仕事に就いて18年が過ぎようとしている。
ということで、意外と少ない10月初旬の写真の中から、2018年10月のある朝。<変態鉄>にしては珍しく貨物列車を撮りにでかけたのだが...
【2018年10月2日11時12分】 総武本線・小岩駅
思い描いていた撮影地は工事中で立ち入り禁止。
仕方なく、小岩駅のホーム端で総武線を撮っていた。千葉方面へと走り抜ける貨物列車が来るはずだとカメラを構えていると、やって来たのはEF65電気機関車の単機。
「何だ、更新色かぁ...」と、思いながらテキトーにシャッターを押しただけだったのだが...
あれから5年、先日、内房線に乗っていたら。蘇我駅も千葉機関区にも留置されているのは全部“桃太郎”。いつの間にか貨物機関車も国鉄型の淘汰が進んでおり。
そう思うと、日々の日常風景を記録しておくことの重要性のようなことを実感するのだが、そこは如何せん、会社員<鉄>の辛いところでもあって...
何度も撮りに通って...が難しいと思うと有料の撮影会というのは非常にありがたい存在なのである。
ということで、引き続き、9月15日の阪堺電車撮影会。撮影時間はだんだん終わりに近づいてきていたが、<変態鉄>は時間が過ぎるのも忘れて夢中で撮り続けていたのである。
…… ……
2024年9月15日(日)雨のち晴れ
阪堺電車を初めて訪れたのは1991年夏のこと。まだ、<変態鉄>は中学生だった。
この当時、まだまだ阪堺線が“本線”で。上町線こそ天王寺駅前から住吉公園ゆき(当時は日中でも当たり前に走っていた)と我孫子道ゆきが交互に発車しており、一方、まだ旧駅が賑わっていた恵美須町からは数分間隔で浜寺駅前ゆきが発着していた。
いまの「えびす町」ゆきが、1時間に2本などというのは想像することもできなかったのである。
その頃は、まだモ121形車なども現役で日中も運用に入っており。モ161形車もハデハデな広告塗装を纏って走っていた。
モ161形車の「えびす町」ゆきが続いてやってくるのが当たり前だったのである。
【2024年9月15日13時09分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
ということで、モ162号車「雲電車・青」とモ166号車「ビークルスター」の「えびす町」ゆき並び。
【2024年9月15日13時12分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
再び、モ504号車側に立ち位置を変えて、雲電車2両と「ビークルスター」の並び。
と、このタイミングで再び“幕回し”が行われ。
【2024年9月15日13時13分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
モ162号車は再びの「天王寺駅前」ゆき。
早く営業運転中のこの姿を見たいと期待している<変態鉄>なのである。
【2024年9月15日13時14分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
合わせて、車輌の配置も変更され。今度は東側のモ166号車が前進してきて。
そして...
【2024年9月15日13時15分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
モ504号車は後ろに下がって。
ということで、位置を変えて、再びの「雲電車」並び。今度は2両ともスッキリと。
【2024年9月15日13時16分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
東側のモ166号車を先頭に西側にいるモ164号車まで4両の電車が斜めに、ちょうど階段状に並んだのだった。
方向幕も茶色いモ164号車から順に「浜寺駅前」「あびこ道」「天王寺駅前」「えびす町」と“四者四様”、日中、通常運用で見られる行き先4種が勢揃いしたのだった。
【2024年9月15日13時18分】 阪堺電気軌道・大和川検車区
モ166号車が前進してくれたおかげで、3つの時代のモ161形車のカラーが並んだのだった。(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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この記事へのコメント
国鉄車両も希少なので、
今思うと後悔です・・・。
コメントありがとうございます。
この写真ですが、自分は全然貨物に詳しくなくて。
当時、EF65牽引の貨物が、この時間帯に新小岩から千葉方面に走るのは知っていたのですが、ちょうど国鉄色の機関車が増え始めていた時期で。長編成のコンテナ列車だと思ったら機関車単機で、国鉄色に期待していたら貨物更新色で...
当時としてはテキトーに撮ってしまったのですが。
仰るとおり、自分も後悔です。